虐待による後遺症。死にたい気持ちからどうやって抜け出したのか

小話

 

こんにちは。よしだ(@ysdasyk)です!

この記事では、親からの虐待による後遺症、うつ病や生きづらさについてお話します。

 

虐待サバイバーからの質問に虐待サバイバーのわたしが答えてみた

子どものころ、親から暴力を受ける環境にいました。

その影響で、人間関係をうまく構築することができなかったり、うつやPTSDで未来に希望が持てなかったり、親を恨んだりということもありましたが

いまは落ち着いていて、前向きに生きています。

 

2年前、「虐待による後遺症。メンヘラだった私が、とりあえず生きてみた話」というブログ記事を書きました。

ysdasyk

虐待による後遺症。メンヘラだった私が、とりあえず生きてみた話

2018-07-07

「虐待を受けていた子ども時代の振り返りと、大人になってから思うこと」を書いた記事です。

この記事がきっかけで、私と同じように虐待の後遺症を抱えている人たちと何度か交流する機会がありました。

そのやりとりのなかで、質問を受けて答えたことや、思ったことをシェアしたいと思います。

 

【質問1】虐待を受けていたと気づいたきっかけはなんですか?

はっきり「自分は虐待を受けていた」「あれは虐待だった」と認めることができたのは23歳くらいです。

内観を繰り返した結果、そこへたどり着いたという感じです。

それまではね、お医者さんが「あなたの家庭環境は普通じゃない。生きづらさの原因は、親と健全な愛着関係を結ぶことができなかったからだよ」と教えてくれたり、やさしい友達が「あなたがうつっぽいのは親との関係がうまくいっていないからだ」って言ってくれても
自分の家庭環境が普通じゃないとか、自分が傷ついているって思いませんでした。

よしだ
暴力のある生活が普通だったからね。

「自分が過去に受けた傷を虐待というのは大袈裟なのでは」と思っている人へ。

あのとき傷ついていたんだな、嫌だった気持ちは確かだなと、過去の自分に寄り添って、気持ちを認めることからはじめてみてね。大袈裟じゃないから、傷ついていたのは、本当だから。

親にされたああいうことが嫌だったから自分は人にやらないようにしようとか、親に対して「いやあれはやりすぎだろう」とツッコミを入れたりとか、ね。

よしだ
わたしは、自分が親からされていたことを、例えば、友だちがされていたらどう思うかな?虐待や暴力だって思うかな?って考えてみたよ。

 

【質問2】虐待されていた記憶がときどき蘇って辛いです

フラッシュバックは辛いと思います。。。めちゃくちゃ辛い。

辛かったね。

フラッシュバックとは
脳機能障害のひとつ。強いトラウマ体験(心的外傷)を受けた場合に、後になってその記憶が、突然かつ非常に鮮明に思い出されたり、同様に夢に見たりする現象。

なんだろうね、わたしも時々フラッシュバックはあるし、その辛い気持ちをさ、誰かに話せると良いよね。話しても解決しないし、暗いって思われそうで勇気がいるけれど。

「ときどきフラッシュバックがあって辛くて でもまぁ 危険を回避するために脳みそが何度もリピート再生してるんだろうなぁ 困っちゃったなぁ」

「人間そういう仕組みらしいけどさ、それでも生きている私たちは偉いよね」

って軽いノリで、誰かに話せるといいよね。

 

【質問3】親のことを殺したい気持ちが抑えられません

その気持ちはちょっとわかる。さみしくて攻撃的になっちゃう心の動きもわかる。わかるけど

殺したい気持ちは心に留めておくのが良いと思うよ。傷つけられたから傷つけても良いわけではないし。

親を殺して、刑務所に入ることがあなたの幸せですか?たぶんね、殺しても良いことないですよ。

 

【質問4】どうやって実家を出ましたか?お金がありません

わたしは先のことをなにも考えずに家を出ました。最初は、保証人のいらないウィークリーマンションに引越したよ。この方法はまったく参考にならないと思う。結構お金使ったし。

毒親持ちで実家暮らしって地獄よね。。。

暴力がある環境から抜け出すための方法を教えてくれる支援団体があります。ただ、わたしはそれらの団体と関わりがあるわけではないし、中の人も知らないので、ここで名前を出すことはできません。。

「暴力 NPO」「虐待サバイバー 支援」などで検索すると出てくるので、とりあえずメールで問い合わせするのも良いと思います 。苦しい時って冷静ではいられなくて、自分が何に困っているかもわからないと思うけど、まずは相談してみて。

「わたしは親から暴力を受けています。引っ越したいけどお金がありません。何かいい方法はありませんか」って。これだけでいいから。

 

【質問5】死にたい気持ちからどうやって抜け出しましたか

「私が死んだら友達が悲しむな」と思ってから、自殺を計画することはなくなりました。

思いとどまるようになった。

大事な人や友達は、私が明るく幸せに生きることを喜んでくれます。私が絶望して自殺したら、きっと悲しい気持ちになる。それは嫌なんですよ。

 

苦しみをうまく言語化できなくて、楽になる道が見当たらないから、死にたいってところに思考が辿り着くんですよね。
わかる。わかるよ。死ぬこと以外に出口が見つからなくて、なにもかも嫌で、いつも疲れていて、辛くて、こわい気持ちでいっぱいになって。誰も信じることができなくて。

わたしは自殺に失敗するのがこわくて、「いつでも死ねるからいいや」と先延ばしにしていた時期があります。そしたら、いつの間にかすこし心が落ち着いていました。

歳をとったら激情することが減って落ち着いた、というのもあると思う。

だからね、歳をとるのを待ってみて、とりあえず生きてみるというのはどうでしょう?

死にたい気持ちから無理に抜け出そうとしたり、勝たなくていいんです。頑張らなくていいんだよ。

死にたい気持ちを抱えたままとりあえず生きてみて、また人生に嫌になったら、これからのことを考えればいいんじゃないかなぁと、わたしは思います。(自殺するしないは個人の自由だしね)

 

辛さを克服したわけではない。辛さといっしょに生きている

虐待の後遺症。わたしはパニックとかうつとか、、いろいろ持っています。

それらをときどき鬱陶しいなと思うし、人に迷惑かけるときもあるけれど、ネガティブには捉えていなくて。自分を形成する要素のひとつだと思っています。ずっと一緒に生きていくと思う。

親のことも恨んでいません。

だれも恨んでいません。

しょうがないなって思う。

毎日、幸せです。

 

負の連鎖を避けたいし、暴力のない世界を望んでいるので、まずわたしが優しくて穏やかな人間になりたい。

 

よしだ
ゆっくり生きようね。