祖母と桜を見たかった

生活


2022年1月、祖母が亡くなった。

べつに悲しいと思わなかった。祖母を担当していた医師や看護師は「いつ亡くなってもおかしくない」「だから後悔のないように過ごしてほしい」と言っていたし

なんとなく、近いうち亡くなるのだろうなと思っていた。

2021年の4月に腰の骨を痛めてほぼ寝たきりになってしまった。それから(まるで坂道を転げ落ちるように)どんどん悪くなって、施設や病院を転々とした。弱って痩せこけてしまった。

亡くなるすこし前から、遺言っぽいことを伝えてくるようになって、「わたしはもうすぐ亡くなる」「もう死にたい」と言っていた。

『おばあちゃん、死んだら会えなくなるよ』

「そうだね」

会えなくなってしまった。

 

できる範囲でできることをしたから後悔もない。

ただ、いっしょに桜の花を見たかったなと思う。

『おばあちゃん、春になる頃にはきっとよくなっているよ。だから、いっしょに桜の花を見にいこう』と話したから。

突然寝たきりになって、弱ってしまった祖母に希望を持ってほしくて言ったけど、祖母だけじゃない、わたしも希望を持ちたかった。生きる理由があれば生きてくれるかなって。

桜を見上げて「きれいやね」と言う祖母の姿を想像しながら、春が来るのを待っていた。

 

桜の花を見るたび祖母のことが恋しくなるなんて、しまったな、あんなこと言わなきゃよかったかもしれない。

今年の桜を見て祖母はなんて言うのだろうどんな顔をするのだろうって、つい考えてしまう。

祖母が恋しい。

 

「亡くなった人は、生きるわたしたちを空から見守ってくれている」とか言うけど、そんなことないと思う。

そんな都合がいい話があるか。

死ぬとは、生物としての活動が止まり、主観がなくなることだ。

祖母の主観はなくなったので、見守るとかそんなことしているわけがない。

 

 

祖母からふたつのことを学んだ。

ひとつめ。人は死ぬということ。

それについてよく知らなかった。

今回祖母が亡くなったと知らせを受けて会いに行った。生命活動を終えたばかりの人間(亡くなってすぐ)に会うのははじめてだった。その姿はただ寝ているだけのように見えたから声をかけたけど、返事がなかった。

ほんの数時間前までは会話できていたのに。

返事がなくてもしばらく話しかけた。

寝息も聞こえなかった。脈もない。冷たい。置物みたいだった。

肉体は個人の所有物ではなく借り物なんだなってここではじめて実感した。(なので、火葬もそんなに辛くなかった。祖母の魂が使っていた肉体だから)

 

ふたつめ。「愛している」ってこんな気持ちなんだなってなんとなく理解できた。

わたしは祖母とこまめに会っていたけど、実際、いっしょにいたってイイコトなんてない。得することもない。会わなくても死なない。

血が繋がっているから会わなければいけない?そんなわけない。

だけど、祖母の人生に参加をしたいと思っていたから、会っていた。とくにここ4年間は。

祖母にとって、わたしと会うことが特別なイベントではなく、普通のことだと思ってほしくて。いっしょにスーパーで買い物したり、用事がなくても会いに行ったり。そういう日常が楽しかった。だから会っていた。

ただいっしょに過ごしたいとか、相手の人生に参加をしたいって気持ちが、愛なのだろうと思う。

 

たいていの人間関係には目的がある。会う理由がないと会わない。

べつに人にと会わなくても生きていけるし、義務でもない。

そんななかで、なんとなく会いたいとか話が聴きたいとか思える相手はまれで、そういう相手にはきっとやさしくできるから大切にしたほうがいい。お金じゃ買えない。

 

愛しているってこんな気持ちなんだなってこと、そして、わたしは愛している相手にどんな接し方をするのかってことが、祖母との関わりで発見できてよかった。

 

祖母のことが好きで、不快な思いをせず、いっしょに過ごせたのはラッキーだったな。運がよかったと思う。

だって、血縁関係があるからわかりあえるとか、絆があるとか、そんなのは都合のいい妄想でそんなわけあるかと思っているから。身内を好きになれてよかった。

身内が好きって気持ちは、自分の遺伝子を肯定できる材料になる。

 

祖母が亡くなって、悲しいと思わないけれど、自分の一部が消失したような感覚がある。それが、ちょっと虚しい。

もう会えないのか。話せないのか。前向きな言葉でまとめることができない。